カレーはどのように国民食となったのか?西城秀樹バーモントカレーCMの貢献は!?

歌手の西城秀樹さんが5月16日、横浜市内の病院で亡くなった。

急性心不全だった。63歳だった。

西城秀樹さんと言えば、ヤングマン(Y.M.C.A)傷だらけのローラなどがよく知られている。

筆者の小学生時代は西城秀樹さんの全盛時代だった。一時代を築いた歌手だった。

そして、歌と同様に秀樹さんの代名詞とも言えるCMが、ハウス食品の<バーモントカレー>のCMである。

ハウス食品は秀樹さんの訃報を受けて、17日、つぎの感謝のコメントを発表した。

1973~85年にご出演いただいた『バーモントカレー』のCMは大変好評で、そのおかげでカレーライスが国民食と言われるまで愛されるようになったと深く感謝しております。 (出典)

ハウス食品のコメントに「国民食」という言葉が出てくる。

カレーは今日日本の国民食であるということに疑いをもつ人はいないだろう(?)

ではカレーはどのように国民食になったのだろうか?

そこで、本稿ではカレーがいかにして国民食になっていったのか?

その過程で秀樹さんのバーモントカレーのCMがどう影響していったのか、まとめてみた。

カレーが国民食になるまで

カレーは戦後、カレーライス学校給食として出された。

主な理由は2つある。

  1. 食材が豊富である:じゃがいも、にんじん、玉ねぎなど1度に様々な食材が食べられる。
  2.  1ワンプレートで配膳できる:配膳が楽と、料理人に好まれた。

しかし、子供には「カレーは辛い」という理由から、ハヤシライスを出すところが多かったそうだ。

ではそんな、子供には不向き(?)なカレーが、どのように国民食になっていったのだろうか?

ここで、秀樹さんの登場である!!

西城秀樹さんとカレー

秀樹さんはハウス食品のバーモントカレーのCMに、1973年から85年まで出演

CM中で使われた以下のフレーズは流行語となった。

それは・・・・・・

ヒデキ、感激!

である。これは当時超有名なフレーズだった。

ここで、秀樹さんのCMを振り返ってみたい。

以下のYou Tubeでは、1974年から1989年までの秀樹さんのバーモントカレーCMがまとめて見ることができる。

40年以上も前の若かりし秀樹さんの映像を一度に見ることができる。貴重な映像だ。

見てわかるように、秀樹さんのバーモンントカレーのCMは子供たちもたくさん出演する。

子供たちに訴えかけるCMだったと言えよう。

バーモントカレ-はまた、子供たちに好まれる甘目の味である。

それはCMでも次のように歌われていた。

リンゴとはちみつ、とろ~り 溶けてる!

そして、この決めゼリフに続くのだ!

ヒデキ、感激!

と。・・・

子供から絶大な人気を得たことで、カレーが国民食となっていったと同時に、バーモントカレーがロングセラー商品になっていったのだと言えよう。

秀樹さんは1973年から85年まで、実に20年以上もの長きにわたり、バーモントカレーのCMに出続けた。

そりゃ、ハウス食品も感謝するはずである。

ハウス食品はまた、次のような謝意も示している。

弊社のTVCMに多数ご出演いただき、大変お世話になりました

ハウス食品にこれほど謝意を表され、秀樹さんも上で

ヒデキ、感激!

と言っているかもしれない。

西城秀樹さん、お疲れ様でした!

ご冥福をお祈りいたします。

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