サッカー日本代表電撃解任のハリルホジッチ監督が羽田空港で話した内容は?通訳樋渡群さんの経歴は?独身?

4月7日、サッカー日本代表監督を電撃解任されたバヒド・ハリルホジッチ監督が21日再来日した。

羽田空港に詰めかけた報道陣は100人超。

そこで「一言だけ」と、2分32秒という短時間のインタビューに応じた。

この会見で、ハリルホジッチ監督は涙をこらえ、震える声でインタビューに答えた。

が、筆者が印象的だったのは、監督が最初の質問に答えた際、ハリル監督がよりも先に泣いてしまった通訳の様子だった。

おいおい!ハリル監督自身が一番涙を我慢しているのだから、通訳が監督より先に泣いてはダメでしょう!

これは、筆者の率直な感想である。

でも、この感受性豊かな通訳が、人間臭くて面白くもあった。

そこで、本稿ではこの通訳さんについてまとめてみた!

では、通訳の方について書く前に、ハリル監督のインタビューの内容をご紹介しよう。

サッカー日本代表ハリルホジッチ前監督が解任後語った内容は?

ハリル監督が最初に話した内容(訳文)は・・・

日本に来る時はいつも、喜びを持っていました・・・

だった。

ハリル監督もまた、今にも泣きだしそうだった。

それを隠すかのように、黒いサングラスをかけた。

言葉は震わせ、話す姿は弱々しかった。

就任から約3年。初めて見せる姿だった。

ハリル監督は次のように語った。

何が起きているのか、まだ理解できていない状況です。真実を探しに来ました。

本当に、公に、私は真実を知りたい。私をうんざりさせるような状況に追いやって、ゴミ箱に捨てたような状態

今月7日、日本協会の田嶋会長からパリに呼び出され、W杯の2カ月ほど前に解任を告げられた。

それから2週間。

今回の解任を、「ゴミ箱に捨てた」と表現した。

27日には反論会見が設定されている。本来この日も話すかどうか、分からなかったが、報道陣100人超が詰めかけパニックになった空港でひと言だけと言い、本当に2分32秒と短い心からの叫び。これまでの監督としての話しぶりと比較すれば本当に短いが、皮肉にもその分、脱線することなく、的を射ていた。

監督のままならこの日のこの便で欧州組視察を終え再来日するはずだったが、そのままの便でやって来た。日本では西野ジャパンが誕生し「前監督」となったが、この現実を受け入れるのは到底無理なよう。不気味なほど静かに言った。

また、ハリル監督は・・・

私はまだ終わっていない。

と、2度語った。

また、次のようにも語った。

私の誇りを傷つけるようなところは、闘わなければならないと思っています。出典

サッカー日本代表ハリルホジッチ前監督の通訳樋渡群さんってどんな人?

ハリル監督が電撃解任後初のコメントについてわかったので、次はハリル監督の専属通訳樋渡群さんについて、ご紹介しよう。

サッカー日本代表ハリルホジッチ監督の専属通訳を3年務めた樋渡群さん。

樋渡さんは監督が最初に発した言葉をすべて話し終わる前に、言葉に詰まり、涙を見せた。

言葉にならなかった。

樋渡群さんの経歴?

それでは通訳樋渡群さんの経歴について、ご紹介する。

名前:樋渡 群(ひわたし ぐん)

1978年、広島市生まれ

1997年、広島市の崇徳高等学校を卒業

2002年、東京都立大学経済学部を卒業。

卒業後、渡仏。サッカー指導とフランス語を学ぶ。

フランスではパリ・サンジェルマンFC U-12監督などを歴任。

この時期にハリルホジッチがパリサンジェルマンFCの監督を務めている

2006年帰国。JFAアカデミー福島やJFAアカデミー熊本宇城でクロード・デュソーの通訳兼コーチを歴任。

2009年からはJFAアカデミー福島男子U-14、男子U-15コーチ等を歴任。

2012年から2014年にかけてJFAアカデミー福島女子U-18監督を務める。

2015年、サッカー日本代表監督に就任したハリルホジッチの専属通訳に就任。(Wikipedia)

樋渡群さんは日本とフランスでサッカーの指導経験をおもちって、めちゃめちゃすごくないですか!!

しかも通訳(仏語ー日本語)もおできになるなんてすごすぎます!

ハリル前監督の専属通訳を3年間努めたのだ。

サッカーの選手としてだけでなく、指導(監督)経験もあるからこそ、ハリル監督の通訳が務まったのだろう。

樋渡群さんのパーソナリティ①パッションを伝えきる通訳

かつてFC東京所属の幸野志有人(こうの・しゅうと)選手の父で、サッカー・コンサルタントの幸野健一(こうの・けんいち)氏はJFAアカデミーの活動をそばから見てきた人の1人である。

その幸野氏は、クロード・デュソー氏の通訳をしていた時期の樋渡通訳について次のように話している。

フランス人らしくパッションの指導者で、指導の時も熱いんだけど、その上、言葉の選択にも非常に気を遣ってたんですよ

例えば育成年代の試合を『試合』と呼ぶから、勝利と育成のどちらも重要なはずなのに勝利にばっかり傾いてしまう。だから育成年代の試合を試合と呼ばず『強度の高い練習』と呼んでいた。そういう呼び方をすれば、自ずと何が大事かわかるだろう?ということで。実際には通訳の群さんが言うんだけど(笑)。

幸野さんは続ける。

デュソーさんは試合中のハーフタイムの指示もサッカーを人生に喩えて、すごく長時間にわたり語り出すんですが、その内容が素晴らしかった。(中略)そうした感情を含めて全てを伝えきることのできたは群さんのおかげなんです。指導者としてもデュソーさんのフィロソフィーを共有し、デュソーさんがいなくても選手に伝えることができたから。そういう意味ではデュソーさんがいなくなった現在でも彼こそが真の後継者でもある

パーソナリティ②:環境の変化を気にしないチャレンジャー

JFAアカデミー福島で樋渡通訳が生徒たちにどういう影響を与えていたのか?

1期生で卒業後ドイツへ渡り、トゥリュー・デュッセルドルフTURU DUSSELDORFでプレーしていた野中望(のなか・のぞむ)選手は、当時の樋渡通訳を

いつでも頼りになる存在としたい、厳しい環境の中で目標に向かって進む彼を1つの心の支えにして、ドイツでの挑戦を続けている

という。

さらに、野中氏は樋渡氏が日本代表の通訳になった時の感想を訊かれると、

驚かないと言ったらウソになりますけど、あまり違和感がないというか、それぐらいのことができる人だと思っていたので、ああやったなと。目標が大きい人だというのも群さんとの話で知っていたので。

と、答えた。

また、樋渡通訳との関わりについては・・・・・・

中学校の3年間は群さんがデュソーさんの通訳だったのでずっと一緒で、高校からは直接サッカーを教えてもらうところからは外れたんですけど、僚などでお世話になっていました。その後、女子チームの方を見る様になって離れましたが、自分がドイツに行ってから女子の遠征で来て、うちに泊まりに来たりもしていました。付き添いがメインですけど、指導の勉強も兼ねていたと思います。

と語った。

また、デュソー氏の通訳をしている樋渡通訳の様子については・・・・・・

日本に来る時はいつも、喜びを持っていました・・・

0

また、樋渡さんから学んだことについては・・・・・・

日本に来る時はいつも、喜びを持っていました・・・

1

樋渡さんはパッションを伝えることのできる通訳であるということ、またすごいチャレンジャーなんだなということが伝わってきましたね。

今回の会見では、ハレイル前監督の開口一番から涙が止まらない様子は、感情が出やすい方なのかなという印象を受けました!

パーソナリティ③:独身?既婚?子供は?

ケットを調べた結果、結婚しているかどうか?子供はいるのか?などの情報は特定されませんでした!

でも、ある20代女性のこんな声がありました!

日本に来る時はいつも、喜びを持っていました・・・

2

さいごに・・・

樋渡通訳はなぜ、嗚咽していたのでしょうか?

最初の発言から、なぜあんなに泣いていたのでしょうか?

それは・・・・・ハリル前監督の解任に不満だったからであった!ということがわかってきました。(出典

「ゴミ箱に捨てた」「誇りを傷つけるような」というハリル監督の言葉からもわかるように・

悔しさとか・・・無念さ・・・とかいう感情が伝わってきた。

ちなみに、27日には27日には都内で反論会見も用意されている。

樋渡通訳自身はハリル監督解任により、監督の専属通訳としては
外れたが、日本代表チームとしてはいるそうだ。

監督の通訳である羽生氏と2人でチームを支えていくのだろう。

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